加賀藩主前田家墓所(石川県金沢市野田町)

1658年(万治元年)10月12日の今日は、前田利常の命日です。

前田利常は豊臣家五大老のひとり前田利家の四男で、加賀藩の二代目藩主でした。
父譲りの戦の才を持っており、大阪の陣ではあの真田幸村と激戦を繰り広げています。
また、藩主としても優れており、工芸や農業が発展するように新政策を次々と立案しました。


ところが、その有能さゆえに利常は江戸幕府に警戒されます。
「凄腕の加賀藩主が謀反を企てている」という噂まで流れる始末です。

あらぬ噂で前田家が取り潰されてはかなわないと危惧した利常は、意表を突く行動に出ます。
幕府の警戒を解くために、愚かな藩主を演じたのです。

鼻毛を伸ばしたり、宴会の席で裸になり大暴れしたりするなど、奇怪な行動を繰り返しました。
すると幕府の警戒は解かれ、例の噂も消えました。


聡明だったにもかかわらず醜態を晒すのは、さぞかし辛かったことでしょう。
それでも、利常はお家安泰のため64歳で亡くなるまで馬鹿のふりを続けました。


前田家が江戸時代の終わりまで百万石の加賀藩を維持できたのは、利常の献身的な行動があったからこそでしょう。



加賀藩主前田家墓所は、加賀百万石の前田利家を始めとする前田家の墓所です。
神式スタイルで葬られたためか、とても神聖な雰囲気です。
緑が豊かで、落ち着く場所です。


【今日の人物】

前田利常(まえだとしつね)

江戸時代の大名で加賀藩の二代目藩主。
愚かな藩主を演じることにより、幕府からの警戒を解いてお家を守りました。
利常のお墓は、金沢市の野田山墓地にあります。



【オススメの本】
中村 彰彦さんの
「われに千里の思いあり」
が面白いです。


前田利家と洗濯女の間に生まれ、関ケ原の合戦では、西軍へ人質に送られた少年は、やがて権謀術数うずまく戦国を生き延び、大藩を危ぶむ徳川家を巧みにいなし加越能三国の当主にまでのぼりつめた。

加賀百万石の隆盛と安定を築いた利常の波乱に満ちた人生。


加賀百万石の前田家の置かれた立場から人と人との関わり合いについてとても勉強になる本です。
史実に基づいている小説で、とても楽しく読めました。
前田家だけのお話だけでなく、将軍家はじめ諸大名との関わり合いなど今まで知らなかったエピソードが満載ですよ!


・・・ということで、今日は前田利常が亡くなった日。
「かぶき者」として名高い前田利家、そして前田慶次・・・。
そんな前田家のかぶいた気質が、利常に馬鹿な(かぶいた)振る舞いをさせたのかもしれませんね!